第66回_風俗雑誌とマンガ家_その10

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「パソコンの具合が悪かったようですけど直りましたか?」

 

「いま専門の業者に持って行ってるんですけど、あと2、3日かかるみたいで」

 

タックル松田さんは弱々しい表情を浮かべる。

 

「そう言えば気になったんですけど、タックル松田さんのペンネームの由来は何なんですか?」

 

タックルと聞くと僕はラグビーやレスリングを想像してしまうが、タックル松田さんの細身の身体からそういったスポーツは結びつかない。

 

「あのペンネームは適当につけたんですよ。タックルは釣り用語で“釣り道具”の意味なんです。」

 

「そういう意味だったんですね」

 

そこで僕は過去に見たタックル松田さんのサンプルイラストを思い出した。見事なブラックバスが描かれており、相当な釣り好きでなければ描けないような見事なイラストだ。

 

「サンプルでブラックバスのイラストがありましたけど、やっぱり釣りがお好きなんですね?」

 

「あれを見てくれたんですか!嬉しいですねぇ。本当は釣りマンガを描いてみたいんですけど、なかなかチャンスに恵まれなくて。でも自分なりに自信があるんで、あのイラストを添えたんですよ」

 

やはり釣り好きだったようだ。そうでもなければあれだけのイラストは描けないだろう。

 

「ちなみに松田も本名じゃありません。本名は西田健太郎(仮名)ですから」

 

「そうなんですか!?」

 

「こんなこと言っては失礼ですが、ソープランドやデリヘルの風俗マンガはタックル松田なんですよ」

 

「では、それ以外のマンガは本名なんですね。確かに抵抗はありますよね」

 

「はい。30年もマンガ家やっていると、色々な仕事をしていますから」

 

確かにいきなり風俗マンガ家を目指すケースは稀だろう。生活のためでなければ描くことは出来ない。これは仕方の無いことだ。

 

「これまでどういった作品を描いていたんですか?」

 

「見ます?ちょっと待ってくださいね」

 

そう言うと奥の部屋へ移動するタックル松田さん。おそらく仕事部屋になっているのだろう。

 

「あの人、新しい編集者さんが来ると必ず見せたがるんですよ。すみませんねぇ」

 

それまで静かにしていた奥さんが話し始めた。

 

「いえいえ、マンガ家さんとお会いする機会はなかなかありませんので」

 

すると、古めかしいマンガ雑誌を持ったタックル松田さんが戻ってきた。

 

テーブルの上に置かれた古いマンガ雑誌は誰もが知る有名マンガ雑誌で、現在は4大少年マンガ雑誌のひとつに数えられている。そして、付箋の貼られたページを開くとボクシングマンガの表紙が目に飛び込んできた。表紙の下には“画・西田健太郎”というタックル松田さんの本名。そして、その隣には原作者の名前が。

 

その名前は伏せるが、マンガ好きであれば誰もが知るレジェンド原作者だ。僕は全身に鳥肌が立ったことをおぼえている。

 

続く