第59回_風俗雑誌とマンガ家_その3

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マンガ家の電話番号リストを見ながら番号をプッシュ。

 

プルルルルル、プルルルルル。

 

タックル松田さんとは初仕事だ。タックルとはラグビーやレスリングのタックルだろうか。ラグビーやレスリングの経験者であれば、きっとガタイの良い男らしいタイプだろう。

 

そんなことを考えていると受話器の向こうから声が聞こえる。

 

「はい。松田でございます」

 

意外なことに、か細い女性の声だ。50代くらいだろう。

 

「もしもし。私、タックル松田さんに仕事の依頼をしたくお電話差し上げました」

 

「タックル松田ですね。少々お待ちください」

 

この女性はタックル松田さんでは無いようだ。

 

「もしもし。タックル松田ですけれども」

 

こちらがタックル松田さん本人のようだ。タックル松田さんの声も弱々しいもので、年齢は先ほどの女性と同様に50代だろう。とてもじゃないが、声を聞く限りはラグビーやレスリング経験者とは思えない。どうやら僕の想像は間違っていたようだ。

 

「今回は埼玉のデリヘルの体験マンガをお願いしたいのですが」

 

「はいはい。デリヘルの資料ってありますかね?」

 

「ええ、デリヘル関連の資料は揃っていますので、後ほどメールでお送り致します。締切は1週間後なのですがよろしいでしょうか?」

 

「それでしたら大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます。よろしくお願い致します」

 

今回の依頼は非常にスタンダードなものだ。

 

給料が入ったばかりで懐の温かいサラリーマンが、埼玉の西川口駅周辺のラブホテルへチェックイン。そこで携帯電話で探したデリヘルに電話をすると、自分好みの女性で大満足という流れ。このプロットは僕が作成したものだ。

 

風俗マンガを経験したことのあるマンガ家であれば特に難しいものでは無いだろう。僕はプロットとラブホテルの内装の写真資料をまとめて、タックル松田さんにメールで送信した。

 

マンガ雑誌であればマンガ家と編集者はタッグのような存在で、入念な打ち合わせを経て連載が始まるものだ。そして、編集者とマンガ家の両者がアイデアを出すことでヒット作品が生まれる。

 

しかし、僕の扱っているような風俗雑誌においてそういった強固な信頼関係は存在しない。基本的に単発の発注ばかりであることから、非常にドライな関係と言えるだろう。

 

編集者はマンガ家を育てようという意識はそれほど無く、マンガ家は依頼通りのマンガを締め切りまでに仕上げるだけだ。近年は若手マンガ家の日常をテーマにしたマンガが数多く存在しており、そういった作品では編集者によって育てられる若手マンガ家の姿が描かれているが、風俗マンガはそれとほど遠い世界なのだ。

 

そして、締め切りの前日になると編集部にタックル松田さんの原稿が届いた。

 

続く